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20080721
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えー。三回目です。
普通のおっさんデートみたいで、ヒーローである必要があるのかって話しですけど、…あの。

萌えとかどこにあるのかわからなくてごめんなさい。。

 街に出て最初にブルースがしたのは、エレガントな貴族令嬢のような格好のリズに、ゴッサム風の衣装を買うことだった。たしかに真昼でも気を抜けないゴッサムの街中で、いかにも他所者いかにもお嬢様といった風の、愛らしい少女というのは誘拐されてしまうかもしれない。
 ちょっと厚めのタイツにジャンパースカート。シックな革靴の代わりに明るい色のスニーカーを。
 リズはおとなしく店員の勧めるがままに着替えていたが、ブルースの決断は早く、あっという間に「ゴッサムの少々よいお家のやんちゃ娘」が出来上がった。
「ケント!」
「はい!」
 積み上げられる買い上げた衣裳の箱にぼんやりとしていたクラークはブルースに呼ばれて、素で飛び上がった。
「早く来い。次は君の番だ。ケント君」
「え?」
「まさかそんな野暮ったいスーツでわたしと一緒に歩く気か?」
 苛立たしそうな声に戸惑い、竦むクラークの手を取ったのはリズで、彼女は面白がる猫のような一瞥をくれた。
「照れ隠しだ。彼はお前に何か、与えたいのだ」
「――それが”彼の望み”?」
 クラークが問うと、リズは目を細めた。まるで少女らしからぬ深遠さ。しかし彼女が「望み」というものに敏感で、それが何か、彼女にとって重要なことであると、クラークは薄々察した。
「ブルースは難しい。お前に何か与えたいが、与えたいと望むことを恥じている。なぜかな」
 小首を傾げるリズは本当にわからないようで、クラークは愛おしくなって彼女を抱き上げた。
「ありがとう」
「なぜ」
「僕にブルースの心のうちを教えてくれるから」
 にっこりと笑みを向けられ、リズはクラークの首に腕を回して顔をそらした。
「……本当はいけないのだ。エリックは人を惑わしてはいけないという。望みが見えても、いうなと」
「ああ。そうだろうね、人は惑いやすいから。でもそれは、ミスタ・カークは君のことが心配で言っているんだと思うよ」
「ケント君?」
「すみません、ミスタ・ウェイン」
 先を歩いていたブルースが振り返る。その目にわずかな不安を見出して、クラークは微笑んだ。
 ほんの少しのことでブルースの心を波立たせることが出来るほど、自分は彼に愛されている。だから明るい表情で、声だけはしおらしく話しかけた。
「そんなに僕の格好ってみすぼらしいですかね?」
「ひどいものだ」
「でも吊るしではなかなかないんですよ。このサイズは」
「猫背がスーツに移ってしまっている。眼鏡を外せとは言わないが、背筋は伸ばしてほしいものだね」
 だが最初にブルースが訪れたのは小さな靴屋で、細長い店内には売れているのかどうかも怪しいほどに箱が積み上げられていた。その崩れ落ちそうな中で小柄な老人が靴革の匂いに包まれていた。
「おや。ミスタ・ウェイン。まだかかとの修理には早いようですが?」
「今日はこちらの男性の靴を誂えに」
 ブルースがクラークを示すと、老人は体に似合わぬ大きな笑い声を立てた。
「大男が大男を連れてくるなんて、店が満杯だわい。よろしい。足を測りますんで、こちらにおいでくなさい」
 ブルースは実に自然な態度でクラークからリズを受け取り、姫君を慈しむ守役のように微笑んだ。
「退屈していないかい?」
「わたしは楽しい。ブルースの心はきらきらしている。クラークもだ」
「わたしが?」
「そう、子供のようだ」
 暗い色調の店内に降り立つと、リズはくるくると回った。ブルースは初めて父に付いてこの店に来たことをぼんやりと思い出し、クラークは老人からブルースの靴についての薀蓄を聞かされ、口元を緩めた。
「若いウェインはすぐに踵をだめにする。すぐといっても2ダースはあるからその辺のビジネスマンほどのすぐじゃないが。昔のウェインはつま先を石畳によく引っ掛けてね。それに院内履きを作ってくれって、革靴じゃないと落ち着かないが、手術室でだけ履くのを作らないと衛生なんとかがいけないって。だからモンクストラップで作ってやったのさ」
 老人はクラークの足をためすがめすして、首を横に振った。
「こんな地に足の着いてない男は初めてだ」
「そう、見かけによらず、夜となく昼となく飛んでるんだよ。彼は」
 背後でブルースが笑い、クラークは青くなって、赤くなった。
「……お届けはお邸に?」
「ああ。半ダースでいいし、急がないよ。プレーン・トゥで、バルモラルがいいかな」
「旦那のお顔ならオックスフォードでもよろしかりましょう」
「ああ。そうだね」
「若いウェインはステップ・インがお嫌いなんだよ」
 老人はクラークに囁き、にやりと笑った。
「今の話は、ぼくの靴の件ですか?」
「そう。値段を聞いたら泣けてくるからお聞きになりますな」
 冗談ともつかずいって、老人は奥から鈍く光る茶色の革靴を出してきた。
「今日のところはこちらで。底と中敷は調節してあります」
「うわ。すごい。ぴったりだ」
 履いたクラークが叫ぶと、ブルースは鮮やかな笑みを浮かべた。
「ほらね。得意げな、子供みたい」
 リズが鈴を転がすように笑い、ブルースはじんわりと暖かいものが己の胸のうちにあることに頬を染めた。

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