20080721
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7が終わってないのは承知で、すいません。書かないとネタ忘れそうだったので。。
いいかい、アルフレッド。
そう問いかけられて、執事は黙り込んだ。
いいか、と言われれば駄目でも駄目とはいえない。決めるのは主人だからだ。
一介の使用人には分際というものがある。だが彼は「親代わり」とも言った。そうならば、アルフレッドはいかに答えるべきであろうか。
「君が大事に育てた彼を、連れて行ってもいいかな?」
ほとんど哀しそうと表現してもいいぐらいの穏やかな笑みを浮かべてそう口にする男。
「お答えする立場にありません」
アルフレッドはそう返し、ティーポットを下げた。
決めるのは主人だ。若きマスター・ウェイン。確かにアルフレッドは彼を単なる雇用主以上の愛情を持って育てたが、それでも一線を越えることはない。
そもそも、どこに連れて行くというのか。
アルフレッドはやや目を伏せ、絨毯が足音を吸い込む長い廊下を思案しながら歩いた。
両親を失ってからブルースは内にこもりがちになった。咎人に判決が出るとふらりと出て行ってそのまま何年も帰って来なかった。アルフレッドが知っている幼い少年の心はとうの昔にアルフレッドには理解できないものになっている。それでもときおりあの暗青色の瞳が揺れるから、だからアルフレッドは何もなかったように仕えているのだ。
ブルースは何も変わっていないのだと、あのむつきに包まれてマーサに抱かれていたときと何も変わっていないのだと、アルフレッドは知っている。
スーパーマン。あるいはクラーク・ケント。
唐突に閉ざされたウェイン・マナーに滑り込んできて、そしてブルースを掻っ攫っていこうとしているのは、世界一の善人で、宇宙一の孤独者だ。生まれた星はなく、己が正体も隠して生きていかなくてはならぬ。
そんな彼がアイデンティティを共有できる相手を見つけて舞い上がるのも仕方がないだろう。
それが同性とはいえ、ブルースほど魅力的な人物ならば崇拝しても理解できる。だが、だが彼はもっと生々しいものを隠そうともせず、むしろ偽善的にも純粋さを装うことでアルフレッドの同意を得ようとしていることが許しがたい。
あざといのだ。
だが彼にはそんなつもりは毛頭ないのだろう。そうでなくてはあんな瞳を見せはすまい。
結局のところそうなのだ、とアルフレッドは階段を下りながら溜め息をついた。
ブルースとクラークは似ている。どれほど自信過剰に見えて、あるいは傲慢な態度をとろうと、ときおり悪戯がばれた子供のように瞳を揺らす。どれほど洗練された物腰で、優雅な言葉を綴ろうとも、二人とも宇宙の迷子でしかないのだ。
「そんなではよいとは申し上げられませんな」
アルフレッドは超人に聞こえることを想定しながら、小さく呟いた。
「わたくしの坊ちゃまにはもっと、優雅で洗練されていて、美しい……野心家ではないと」
そうだ。あの凍りついた振りをしているが実は柔らかい心に気づいた点には褒めてやらなくては。
アルフレッドは茶器をワゴンに乗せるとゆっくりと食堂へと歩を進めた。そろそろブルースの着替えを手伝いにいってやらなくてはまたあの茶色のズボンで出かけようとするだろう。
「その点、セリーナ様は野心家でこそあられないが、坊ちゃまへの労わりはありがたいこと。しかしあの青くて赤いお方ときたら、使用人への気遣いとご機嫌伺いをお間違えだ。あれは上に立つ者にはなりえない」
厳しい採点を”聞こえるように”転がしながら、エレベーターに乗り込んで上階のブルースの寝室を目指す。
「坊ちゃま。ブルース様、いけません。そのネクタイではお顔の色がくすんで見えます。特に今日は」
ぴしゃりといって、アルフレッドはブルースの手からネクタイを奪い取った。スーツも靴も何もかも鮮やかな手つきで揃え、ぎこちない動きをする左肩には気づかない振りでブルースに着せ付ける。
「……どうかしたのか?」
ブルースがアルフレッドのささやかな変化に気づいて目を細めると、老いた執事は緩く首を振った。
「下でケント様にお茶をお出しして、それから奥様のことを思い出したのでございます。トーマス様と婚約なさったとき、奥様はわたくしにこう仰いました。『わたし、世界一幸せになるわ。それがトーマスを世界一幸せにすることだから』と」
「――どういう、話の流れでそれを思い出したのか知らないが」
ブルースは思い出の中でも鮮やか過ぎる母の笑顔に苦笑しつつ、カフスを止めた。
「クラークはまだいるのか?」
「お見送りはまだしておりませんが、必要ならば今すぐ」
「いや、違う。まだいるなら運転させようと思っただけだ。今日はメトロポリスまで行かないといけないし」
「ではヘリに乗員が増えることを伝えます」
ブルースは緩慢に頷き、小首を傾げた。
「変わりないか?」
「はっきり申し上げますと、肩を気遣いすぎて首の動きがぎこちなく見えます」
ブルースは唇を引き締め、一つ頷くと告げた。
「あと10分で出かける」
「ケント様にお知らせしてまいります」
アルフレッドは一礼し、そして戸口で振り返った。
「――奥様は」
「うん?」
「奥様はたいそうな野心家でいらっしゃいました。トーマス様を幸せになさった暁にはわたくしと乳母と庭番と…という具合に順々に幸せにしていくのだと仰って、そう、こう申されました。『いつかゴッサムだってお日様の光がほんのちょっぴりだって不幸せだと俯く必要はないんだって気づくはずよ。太陽ばかりじゃ目が眩むもの』と」
ほんのわずかに、ブルースが見間違いかと思ったぐらいの瞬間、アルフレッドはにやっとして扉の向うへと逃れた。
アルフレッドは太陽の申し子とも呼ばれるスーパーヒーローが頭を抱えているだろう居間にたどり着く前に、優しすぎる陽光の差し込む窓辺に寄り添い、思い出に頬を緩めた。太陽だってきっと自分自身が見えていないに違いないのだ。
あんまりにも赤く耀きすぎて。
「やはりウェイン家の御当主には奥様ぐらいの野心家であられないと。まったく、年寄りには心懸かりばかり増えて難儀なことですとも」
笑って執事は眼鏡の新聞記者に答えるべき言葉を見つけて頬を緩めた。言ってやらなくては。
『ご同伴で外出の際には必ず門限までに主人をお返し頂きますよう』と。
そうして忍びやかに笑った。
そう問いかけられて、執事は黙り込んだ。
いいか、と言われれば駄目でも駄目とはいえない。決めるのは主人だからだ。
一介の使用人には分際というものがある。だが彼は「親代わり」とも言った。そうならば、アルフレッドはいかに答えるべきであろうか。
「君が大事に育てた彼を、連れて行ってもいいかな?」
ほとんど哀しそうと表現してもいいぐらいの穏やかな笑みを浮かべてそう口にする男。
「お答えする立場にありません」
アルフレッドはそう返し、ティーポットを下げた。
決めるのは主人だ。若きマスター・ウェイン。確かにアルフレッドは彼を単なる雇用主以上の愛情を持って育てたが、それでも一線を越えることはない。
そもそも、どこに連れて行くというのか。
アルフレッドはやや目を伏せ、絨毯が足音を吸い込む長い廊下を思案しながら歩いた。
両親を失ってからブルースは内にこもりがちになった。咎人に判決が出るとふらりと出て行ってそのまま何年も帰って来なかった。アルフレッドが知っている幼い少年の心はとうの昔にアルフレッドには理解できないものになっている。それでもときおりあの暗青色の瞳が揺れるから、だからアルフレッドは何もなかったように仕えているのだ。
ブルースは何も変わっていないのだと、あのむつきに包まれてマーサに抱かれていたときと何も変わっていないのだと、アルフレッドは知っている。
スーパーマン。あるいはクラーク・ケント。
唐突に閉ざされたウェイン・マナーに滑り込んできて、そしてブルースを掻っ攫っていこうとしているのは、世界一の善人で、宇宙一の孤独者だ。生まれた星はなく、己が正体も隠して生きていかなくてはならぬ。
そんな彼がアイデンティティを共有できる相手を見つけて舞い上がるのも仕方がないだろう。
それが同性とはいえ、ブルースほど魅力的な人物ならば崇拝しても理解できる。だが、だが彼はもっと生々しいものを隠そうともせず、むしろ偽善的にも純粋さを装うことでアルフレッドの同意を得ようとしていることが許しがたい。
あざといのだ。
だが彼にはそんなつもりは毛頭ないのだろう。そうでなくてはあんな瞳を見せはすまい。
結局のところそうなのだ、とアルフレッドは階段を下りながら溜め息をついた。
ブルースとクラークは似ている。どれほど自信過剰に見えて、あるいは傲慢な態度をとろうと、ときおり悪戯がばれた子供のように瞳を揺らす。どれほど洗練された物腰で、優雅な言葉を綴ろうとも、二人とも宇宙の迷子でしかないのだ。
「そんなではよいとは申し上げられませんな」
アルフレッドは超人に聞こえることを想定しながら、小さく呟いた。
「わたくしの坊ちゃまにはもっと、優雅で洗練されていて、美しい……野心家ではないと」
そうだ。あの凍りついた振りをしているが実は柔らかい心に気づいた点には褒めてやらなくては。
アルフレッドは茶器をワゴンに乗せるとゆっくりと食堂へと歩を進めた。そろそろブルースの着替えを手伝いにいってやらなくてはまたあの茶色のズボンで出かけようとするだろう。
「その点、セリーナ様は野心家でこそあられないが、坊ちゃまへの労わりはありがたいこと。しかしあの青くて赤いお方ときたら、使用人への気遣いとご機嫌伺いをお間違えだ。あれは上に立つ者にはなりえない」
厳しい採点を”聞こえるように”転がしながら、エレベーターに乗り込んで上階のブルースの寝室を目指す。
「坊ちゃま。ブルース様、いけません。そのネクタイではお顔の色がくすんで見えます。特に今日は」
ぴしゃりといって、アルフレッドはブルースの手からネクタイを奪い取った。スーツも靴も何もかも鮮やかな手つきで揃え、ぎこちない動きをする左肩には気づかない振りでブルースに着せ付ける。
「……どうかしたのか?」
ブルースがアルフレッドのささやかな変化に気づいて目を細めると、老いた執事は緩く首を振った。
「下でケント様にお茶をお出しして、それから奥様のことを思い出したのでございます。トーマス様と婚約なさったとき、奥様はわたくしにこう仰いました。『わたし、世界一幸せになるわ。それがトーマスを世界一幸せにすることだから』と」
「――どういう、話の流れでそれを思い出したのか知らないが」
ブルースは思い出の中でも鮮やか過ぎる母の笑顔に苦笑しつつ、カフスを止めた。
「クラークはまだいるのか?」
「お見送りはまだしておりませんが、必要ならば今すぐ」
「いや、違う。まだいるなら運転させようと思っただけだ。今日はメトロポリスまで行かないといけないし」
「ではヘリに乗員が増えることを伝えます」
ブルースは緩慢に頷き、小首を傾げた。
「変わりないか?」
「はっきり申し上げますと、肩を気遣いすぎて首の動きがぎこちなく見えます」
ブルースは唇を引き締め、一つ頷くと告げた。
「あと10分で出かける」
「ケント様にお知らせしてまいります」
アルフレッドは一礼し、そして戸口で振り返った。
「――奥様は」
「うん?」
「奥様はたいそうな野心家でいらっしゃいました。トーマス様を幸せになさった暁にはわたくしと乳母と庭番と…という具合に順々に幸せにしていくのだと仰って、そう、こう申されました。『いつかゴッサムだってお日様の光がほんのちょっぴりだって不幸せだと俯く必要はないんだって気づくはずよ。太陽ばかりじゃ目が眩むもの』と」
ほんのわずかに、ブルースが見間違いかと思ったぐらいの瞬間、アルフレッドはにやっとして扉の向うへと逃れた。
アルフレッドは太陽の申し子とも呼ばれるスーパーヒーローが頭を抱えているだろう居間にたどり着く前に、優しすぎる陽光の差し込む窓辺に寄り添い、思い出に頬を緩めた。太陽だってきっと自分自身が見えていないに違いないのだ。
あんまりにも赤く耀きすぎて。
「やはりウェイン家の御当主には奥様ぐらいの野心家であられないと。まったく、年寄りには心懸かりばかり増えて難儀なことですとも」
笑って執事は眼鏡の新聞記者に答えるべき言葉を見つけて頬を緩めた。言ってやらなくては。
『ご同伴で外出の際には必ず門限までに主人をお返し頂きますよう』と。
そうして忍びやかに笑った。
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