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「ご歓談中、失礼いたします」
ウェイン邸の応接間において、黒髪豊かな頭を下げたのはピーター卿の忠実なるバンター氏だった。
「ただいまゴッサム市警本部長のゴードン氏とスコットランドヤードのパーカー主席警部がお見えになりました」
「ゴードン?」
「チャールズが?」
振り返ったのはブルースとピーター卿の二人で、お互いの顔を見合わせた。
「知り合いかい?」
「ゴードンは古い知人です。パーカー主席警部とは?」
「石橋を叩いて渡らないヤード一の慎重派だが、あっさりメアリと結婚した僕の義弟だよ」
「では二人とも通して、アルフレッドに茶を頼んでくれないか。バンター」
館の主であるブルースの頼みに、了承の意を示し、よい姿勢でバンターが階下に消える。ブルースはそれを見送って目を細めた。
「彼も探偵稼業の手伝いを?」
「ああ。バンターに出来ないことなどないよ。あれは特別。写真を撮るのが巧くてね、コーヒーを入れるのはもっと上手い」
「鍛えているようにも思いますが」
着痩せしてみえるが、まっすぐな背筋にはぶれがない。背中から脚まで均等に筋肉がついていて、舞台役者のような整った容貌をしている。何より、動きに無駄がない。
「さて。鍛えているのはみたことがないが。だが軍隊にいるころから体型が変ってないから何かはしているんだろうね。あるいは僕の世話で太る暇がないかだ。奴ときたら朝から晩まで気を抜いているところをみたことがない」
「こんなところまで来て、まだバンター自慢をしているのか。君は」
伸びやかな声はチャールズ・パーカー主席警部のもので、ジム・ゴードン市警本部長はその後ろにひっそりと続いた。女性にもてそうな甘やかな顔立ちに意思の強そうなきりりとした眉がある。容姿にはまったく似たところがないが、どこかゴードンと通じるものがあるな、とブルースは思った。
「バンターに恥じるところなどひとつもないからね」
悪びれもせずにピーター卿は笑い、ブルースは二人を迎えるために立ち上がった。
「どうも、ミスター・ウェイン。チャールズ・パーカーです。不躾にも突然訪問いたしまして、申し訳ありません」
「とんでもない。ゴードン警部のお知り合いなら素晴らしい警官に違いないですからね。どうぞお掛けください」
ソファを勧めると警官二人は難しい顔で、立ったまま本題を切り出した。
「実は悪い知らせなんだ」
「何だい。死体でも見つかったのか?それならバンターも呼んでやらないと」
「残念だが、そういう事件じゃない。どうも我々の身内が犯罪に巻き込まれたようだ」
「ジョーカーです。ミスタ・ウェイン。奴がメトロポリス・リッツで人質を取っているようで」
パーカーとゴードンが口々にいい、ブルースは眉を寄せた。
「何故、ジョーカーがメトロポリスに?」
「わからないのですよ。ジョーカーが自ら市警に電話してきて、初めてリッツの最上階が占拠されているということが確認されたぐらいです」
ゴードンはたまたま別件でゴッサム市警に来ていたパーカーの頼みで、ウェインマナーに立ち寄っただけで、すぐにメトロポリスに飛ぶつもりだった。それなら今から市警に戻るより、うちのヘリを使えばいいとブルースがいい、ピーター卿ははっとして顔を上げた。
「ちょっと待て。リッツだって?」
「そう。リッツだ。デンヴァー先代公妃が宿泊されいてる」
「参ったな。お母さんはともかく、我らがバートラム・ウースター君も泊まっているはずだ。あの彼が巻き込まれていないなんて思えない」
「運がよければ部屋でおとなしくしているはずだが……」
ブルースはリッツに電話をかけたが、フロントは最上階への電話は今はつなげないと申し訳なさそうに答えるだけだった。
「九割、巻き込まれているだろうな」
ピーター卿は頭を掻き、ブルースは紅茶を持って入ってきたアルフレッドにヘリコプターの用意を命じた。
「デイリープラネットのポートに降りられるようにしてくれ」
「畏まりました。ご用意いたしますまで、どうぞお寛ぎください」
アルフレッドが下がると、バンターもその後に続き、ブルースは携帯で電話をかけた。
「……ああ、ロイスかい?そう、私だよ。君の野暮ったい夫はそこにいるかい?――ええ?社に残っている?じゃあ君はもしかしてもうリッツの前にいるんだね?」
甘ったるさのある声ながら、何かあればすぐに知らせるように言い含め、今度は固定電話からデイリープラネット社会部の直通電話にかける。ツーコールで出た相手に「遅い」とブルースは文句をつけた。
「ケント君。君、そこに残っているということは、あのハゲについて何か知っているんじゃないだろうね?」
先ほどまでの甘さなど欠片もない声で、しかし気安さのある詰問にピーター卿はおやと眉を上げた。
『リッツの件なら、僕は知りませんよ。ミスタ・ウェイン。でもあのハゲなら今はそちらにいるはずですよ、ゴッサム・エアラインの新部門設立パーティー』
受話器の向こうから聞こえる穏やかな声にはわずかばかりの苛立ちが含まれている。ブルースはコツコツと二回受話器を叩いて、そしてスピーカーに切り替えた。
「今からそちらにゴッサムのゴードン本部長が伺う。屋上で迎えてくれ」
『あなたは、ミスタ?』
「私はハゲを追う」
きっぱりと下された宣言に、ピーター卿が口を開くより先に、パーカーが言った。
「じゃあ、私もそっちに行くよ。ピーターはメトロポリスに行くといい」
ハゲが誰かも知らないが、刑事の勘はまだ鈍ってはいない。この大富豪は一足飛びに事件の核心を突こうとしているのだとわかる。
『……なんだかたくさん人がいるようですね、そちらは?』
電話の向こう側でケント氏が笑うような気配があった。ブルースは口元を緩め、正面からそれを見たゴードンは戸惑った。大富豪が笑うところなんて見慣れているのに。
――こんな子供みたいな悪戯っぽい笑みは初めてだ。
「覚悟したまえ。そちらに英国一の探偵が向かう」
>追われるハゲが羨ましい。
本音をいうと、J王子よりもハゲを愛しています(笑)