20080721
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父さん登場。
目を開けるとやけに男前な紳士が顔を覗き込んでいて、ブルースは言葉を失った。
彼はクラークに似ているが、年上で、比較対象よりずっと落ち着いて見えた。知らない――いや、見たことがある。どこで。
ジョー・エル
脳内に走った閃光にブルースは飛び起きた。
そのままベッドから落ちそうになって、体勢を立て直すと、ジョー・エルはおかしそうに笑った。
「かわいいな、ブルースは」
猫みたいだ、と目を細める相手は確かにクラークに見せられたことがある、偉大なクリプトンの科学者ジョー・エルその人だったが、しかし故人だ。クラークがブルースを騙すはずがないし、そうするメリットも思いつかない。
「まあ、猫という生き物はデータ上でしか見たことがないんだが」
「誰だ」
ブルースの誰何にも構わず、ジョー・エルは優雅にして有無を言わさぬ手つきでブルースに手を伸ばした。
「ベッドに戻りなさい。君はまだ完全に回復したわけではない」
「ここはどこだ」
「知っているだろう、カルの基地だ。見慣れないのは、子どもじみたガラクタで溢れた部屋をひとつ空けさせたため」
「カルはどこだ?」
ブルースの強張った頬に触れ、ジョー・エルは微笑んだ。
「怯えることはない。わたしは人形だ。ジョー・エルのデータを移植しただけのロボット。死者の儚い影さ」
「……ロボット?」
「そう。君も知っているだろう、クリプトンの技術力は」
「だが、カルが使っていたロボットはこんな…」
ブルースは自分の頬から肩へと滑り落ちた手の暖かさとその滑らかな動きに戸惑った。どこからどうみても人間そのもの。確かにカル・エルが過去に身代わりに使っていたものは精巧だったが、しかしここまで自然な仕草で動いただろうか。
「そうか。ブルースは賢い子だからな。ではこうしよう。実はロボットに父の幽霊が入っているんだ」
「……そちらの方が非科学的だ」
「だが地球の科学ではまだ解明できていないだけで、幽霊というのはただの電気信号なんだという…」
「その説はある程度の疑問を解決するが、しかし根本的に矛盾を含んでいる」
「媒体の問題かな?まあ、わたしも幽霊としては素人だからあまり深くは理解できていないことを認めよう」
「しろうと…?」
「あんな不確かな姿で化けて出るには度胸が足りない。ブルース。これで納得しないならキスしちゃうぞ?」
「いや、結構だ!」
手を振り払おうとして出来なかったブルースは一瞬パニックを起こしかけた。体に力が入らない。ジョー・エルはブルースの背中を撫でさすった。
「よしよし、ブルース。言っただろう、まだ君の体力は完全に回復していないんだ。大人しくしていなさい」
「何故…」
「あーーー!父さん何をしているんですか!」
青白い顔のブルースを抱きしめているようにも見える父親に悲鳴を上げたのはクラークで、ブルースは傍目にわかるほどに、安堵した。
「クラーク」
「大丈夫かい、ブルース。君は頭を打ったんだから、まだ動き回ったりしちゃだめだよ」
ブルース本人も知らず伸ばされたその手を取って、クラークは嬉しそうに微笑んだ。そのまま両頬にキスをされ、ブルースの脳は物事の処理を一時的に停止させた。ぎゅうとしがみ付くブルースにクラークは父を睨んだが、口元は意識して引き絞っていないとだらしなくにやけてしまう。
「まったく何をしたんですか、お父さん」
「親切に介護してやった父になんたる言い草だ。ちょっと猫のようだといっただけじゃないか」
「ねこ?」
「うむ。……”にゃんこさん”という極東のフレーズが気に入っているぞ、父は」
「インターネットに繋がって勝手に情報収集するのやめてください。それで、ブルースはもう大丈夫なんだよね?」
息子の問いに父のロボットは端正な顔立ちに暗い表情を浮かべた。
「残念ながら……」
「何?何かだめなの?」
「ブルースの損傷はすべて回復だ。父は寂しい」
「あー。父さんはこの部屋から出られませんからね」
驚かされた分、冷たい声で返す息子に、「残念だ」と頷き、ジョー・エルはブルースの顔を覗き込んだ。
放心していたブルースはようやく瞬きをし、ゆっくりとクラークの腕から逃れた。聞いていなくとも、何事も聞き逃さないように育てられている。耳から入って脳を素通りしていた会話を手繰り寄せ、ブルースは眉を寄せた。
「……出られない?」
「父さんの電脳はこの部屋自体にあるんだよ。だからロボットの体がこれだけ身軽で、ここまで自然な動作が出来るってわけ。体を動かすための莫大な情報をこの部屋、つまり外部で処理してるから」
「頑張れば出られないことはないんだけれど、ただ出たところで氷しかないし、カルにはカルの人生がある。死者がしゃしゃり出る必要はないだろう?」
にこりと笑う紳士にブルースも彼の息子も黙り込んだ。
どれほど彼が人間に近かろうが、すでに失われた魂なのだ。
「それにわたしは出られないが、この部屋を訪れるものもたまにいるしね」
「たまにって、父さんにはブルースしか会わせてない」
「いや、ブルースの手術中には元外科医だという紳士が現れていろいろ協力してくれたよ。人類の身体についてのデータはあっても経験がないからね、彼のアドバイスはとても助かった」
嘘とも思えない口ぶりでジョー・エルは頷き、クラークは要塞のデータをチェックしたが侵入者の形跡はなかった。
「そりゃあそうだよ、彼はわたしとは違って玄人の幽霊だからね。来たときと同じように爽やかな笑顔で壁を抜けていったよ。これから奥さんとハワイまで夕焼けを見に行くそうだ。ブルースに似たきれいな瞳の色をしていたけど、それ以上は認識できなかったな」
ジョー・エルは快活に笑い、そして二人の息子は顔を見合わせた。
「……えーと、ハワイに行くかい。ブルース?」
「……いや、いい。ゴッサムに帰る…」
ブルースは青白い顔で押し殺したため息を吐き、そして今度こそ気を失った。
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パパにクールな幻想を抱いてたぼったんがいればいい。
彼はクラークに似ているが、年上で、比較対象よりずっと落ち着いて見えた。知らない――いや、見たことがある。どこで。
ジョー・エル
脳内に走った閃光にブルースは飛び起きた。
そのままベッドから落ちそうになって、体勢を立て直すと、ジョー・エルはおかしそうに笑った。
「かわいいな、ブルースは」
猫みたいだ、と目を細める相手は確かにクラークに見せられたことがある、偉大なクリプトンの科学者ジョー・エルその人だったが、しかし故人だ。クラークがブルースを騙すはずがないし、そうするメリットも思いつかない。
「まあ、猫という生き物はデータ上でしか見たことがないんだが」
「誰だ」
ブルースの誰何にも構わず、ジョー・エルは優雅にして有無を言わさぬ手つきでブルースに手を伸ばした。
「ベッドに戻りなさい。君はまだ完全に回復したわけではない」
「ここはどこだ」
「知っているだろう、カルの基地だ。見慣れないのは、子どもじみたガラクタで溢れた部屋をひとつ空けさせたため」
「カルはどこだ?」
ブルースの強張った頬に触れ、ジョー・エルは微笑んだ。
「怯えることはない。わたしは人形だ。ジョー・エルのデータを移植しただけのロボット。死者の儚い影さ」
「……ロボット?」
「そう。君も知っているだろう、クリプトンの技術力は」
「だが、カルが使っていたロボットはこんな…」
ブルースは自分の頬から肩へと滑り落ちた手の暖かさとその滑らかな動きに戸惑った。どこからどうみても人間そのもの。確かにカル・エルが過去に身代わりに使っていたものは精巧だったが、しかしここまで自然な仕草で動いただろうか。
「そうか。ブルースは賢い子だからな。ではこうしよう。実はロボットに父の幽霊が入っているんだ」
「……そちらの方が非科学的だ」
「だが地球の科学ではまだ解明できていないだけで、幽霊というのはただの電気信号なんだという…」
「その説はある程度の疑問を解決するが、しかし根本的に矛盾を含んでいる」
「媒体の問題かな?まあ、わたしも幽霊としては素人だからあまり深くは理解できていないことを認めよう」
「しろうと…?」
「あんな不確かな姿で化けて出るには度胸が足りない。ブルース。これで納得しないならキスしちゃうぞ?」
「いや、結構だ!」
手を振り払おうとして出来なかったブルースは一瞬パニックを起こしかけた。体に力が入らない。ジョー・エルはブルースの背中を撫でさすった。
「よしよし、ブルース。言っただろう、まだ君の体力は完全に回復していないんだ。大人しくしていなさい」
「何故…」
「あーーー!父さん何をしているんですか!」
青白い顔のブルースを抱きしめているようにも見える父親に悲鳴を上げたのはクラークで、ブルースは傍目にわかるほどに、安堵した。
「クラーク」
「大丈夫かい、ブルース。君は頭を打ったんだから、まだ動き回ったりしちゃだめだよ」
ブルース本人も知らず伸ばされたその手を取って、クラークは嬉しそうに微笑んだ。そのまま両頬にキスをされ、ブルースの脳は物事の処理を一時的に停止させた。ぎゅうとしがみ付くブルースにクラークは父を睨んだが、口元は意識して引き絞っていないとだらしなくにやけてしまう。
「まったく何をしたんですか、お父さん」
「親切に介護してやった父になんたる言い草だ。ちょっと猫のようだといっただけじゃないか」
「ねこ?」
「うむ。……”にゃんこさん”という極東のフレーズが気に入っているぞ、父は」
「インターネットに繋がって勝手に情報収集するのやめてください。それで、ブルースはもう大丈夫なんだよね?」
息子の問いに父のロボットは端正な顔立ちに暗い表情を浮かべた。
「残念ながら……」
「何?何かだめなの?」
「ブルースの損傷はすべて回復だ。父は寂しい」
「あー。父さんはこの部屋から出られませんからね」
驚かされた分、冷たい声で返す息子に、「残念だ」と頷き、ジョー・エルはブルースの顔を覗き込んだ。
放心していたブルースはようやく瞬きをし、ゆっくりとクラークの腕から逃れた。聞いていなくとも、何事も聞き逃さないように育てられている。耳から入って脳を素通りしていた会話を手繰り寄せ、ブルースは眉を寄せた。
「……出られない?」
「父さんの電脳はこの部屋自体にあるんだよ。だからロボットの体がこれだけ身軽で、ここまで自然な動作が出来るってわけ。体を動かすための莫大な情報をこの部屋、つまり外部で処理してるから」
「頑張れば出られないことはないんだけれど、ただ出たところで氷しかないし、カルにはカルの人生がある。死者がしゃしゃり出る必要はないだろう?」
にこりと笑う紳士にブルースも彼の息子も黙り込んだ。
どれほど彼が人間に近かろうが、すでに失われた魂なのだ。
「それにわたしは出られないが、この部屋を訪れるものもたまにいるしね」
「たまにって、父さんにはブルースしか会わせてない」
「いや、ブルースの手術中には元外科医だという紳士が現れていろいろ協力してくれたよ。人類の身体についてのデータはあっても経験がないからね、彼のアドバイスはとても助かった」
嘘とも思えない口ぶりでジョー・エルは頷き、クラークは要塞のデータをチェックしたが侵入者の形跡はなかった。
「そりゃあそうだよ、彼はわたしとは違って玄人の幽霊だからね。来たときと同じように爽やかな笑顔で壁を抜けていったよ。これから奥さんとハワイまで夕焼けを見に行くそうだ。ブルースに似たきれいな瞳の色をしていたけど、それ以上は認識できなかったな」
ジョー・エルは快活に笑い、そして二人の息子は顔を見合わせた。
「……えーと、ハワイに行くかい。ブルース?」
「……いや、いい。ゴッサムに帰る…」
ブルースは青白い顔で押し殺したため息を吐き、そして今度こそ気を失った。
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パパにクールな幻想を抱いてたぼったんがいればいい。
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