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20080721
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そうなんです、この話意外に暗いんです。



 わたしがスーパーマンだったらお前を救えただろうか、小さな弟よ。

「送りましょうか?」
スーパーマンがウェイン・マナーの長い長い舗道をとぼとぼと歩くコナーに上空から声をかけると、彼は空を仰いだまま立ち竦んだ。
へイゼルの瞳には涙が溢れんばかりに湛えられている。
「今日も泣いているんですね」
スーパーマンが困ったように微笑むと、コナーは口元を震わせて笑った。
「泣き虫なんです」
「警官の弟さんはお元気ですか?」
スーパーマンはコナーの傍らに並んで共に歩み始めた。落ち葉がいくつも舞うように転がり落ちてくる。使用人もほとんど居ないウェイン・マナーは静かだ。
「弟は、記憶喪失なんです。先日の爆発事件、ご存知ですか。トゥーフェイスが仕掛けた爆弾で、警官が二人負傷しました。その一人がわたしの弟、頭を強く打って、何もかも忘れてしまった」
「じゃあ、あなたがいつも泣いているのは忘れられたから?」
「いいえ。あの子を護ってあげられなかったから」
コナーは穏やかに寄り添うスーパーマンのその佇まいとコスチュームの配色の差をおかしく思いながら、その非現実的な空気に口を軽くした。
「ブランドンがわたしを忘れてしまったのは、とても寂しい。だけれども良かったと思ったんです。ブランドンは実の親から虐待を受けて、それで警官だったわたしの父に引き取られました。わたしは10歳で、彼は8歳だったけれど、そうは見えないほど小さかった。わたしは彼にたくさんおいしいものを作ってあげなくてはと料理を覚えました」
ブランドンのあとから来た子供達は幾人かいたが、彼は茶色の髪も瞳も、コナーと本当の兄弟のように似ていて、二人はぴったり寄り添って育った。
「ブランドンは夜によく泣きました。怖い夢を見ると。わたしは彼を護ってやらなくてはと、大事な弟だから、誰よりもうんと愛して、大好きだよって」
コナーは顔を袖で拭って、唇を噛んだ。
「君は弟を立派に導いたね」
スーパーマンが肩に手を置くと、コナーは顔を上げた。
「導いてなど!」
その場に崩れ落ちてしまうのではないかと思うほどに、コナーは唇を震わせた。
「私は間違えた!あの時、ブランドンを拒まなければ――」
ブランドンがあの爆発事件に巻き込まれた直前、コナーは一途に愛を説く彼を拒んだ。
何がブランドンの糸を切ったのかわからない。あの日、ブランドンはコナーが帰ってくるなり殴りつけて、彼を寝室へと引き摺っていった。コナーは本気で殺されるのではないかと竦んだし、「弟」に犯される恐怖に途中で失神した。その後何が起こったのか覚えていない。気付いたときにはブランドンはいなかったし、コナーは体中が痛かったが、暴行の記憶はなかった。
警察から電話がかかってきて、ブランドンが勤務中に爆発に巻き込まれたことを知らされたはずだが、コナーはその前後も記憶が曖昧だ。
意識がないブランドンの美しい横顔を眺めているうちに、色々なことを考えたが、彼が目覚めた瞬間どうでもよくなった。彼が生きているだけでよかったのだ。
「……記憶を失ったブランドンが私の腕を捻りあげ、キスをしてきたとき、私は彼にちゃんとした愛をあげられなかったことを理解したんです。かつて暴力を受けた彼が、暴力を振るう側になるなんて」
「君が間違ったなんて誰にもいえないよ」
スーパーマンの言葉をコナーはただ緩く首を振って否定した。
「私は間違えたんです」
何をどう間違えたのかはわからない。だがブランドンはコナーを切り捨て、そして今また間違った思いに引き摺られようとしている。そうしてあの子が苦しむならば、自分などいない方がいい。
「……でも、ブランドンがあの恐ろしい時代も丸ごと忘れてしまって、もう夜に泣くこともないなら、私のことなんて思い出さなくてもいい」
コナーはきっぱりと言った。ウェイン邸の堅牢だが質素な門を見据え、力強く。
「思い出さなくていい。忘れられるなら」
「君は、それでいいの?…ひとりぼっちに、なってしまうのでは」
「スーパーマン。わたしにあなたのような力があったら、小さなブランドンを救えた、かな?」
「――泣く子供すべてを救えないことは知っているよ」
「ごめんなさい。あなたを傷つけたいわけじゃなくて。ずっとそう、考えていたんだ。小さなブランドンを傷つけた奴らを、吹っ飛ばして『この野郎、俺の弟に手を出すな』って一まとめにして縛り上げる。そんなことが、――できるはずない」
「そう、スーパーパワーがあったとしても、本当に傷ついた人を救うのは、君みたいに傍にいて愛情を注いでくれる存在だ。君は間違いなくブランドンのヒーローだったはずだよ」
スーパーマンはふと耳を澄ませ、わずかに悲しげな顔をした。
「私にも出来ればそのときに戻って、守ってあげたかった人がいるよ。でも出来ない。だから今助けを求めるひとの元に駆けつけるだけだ。それだって全てじゃないけれど。――コナー、ごめん。送ってあげられない」
スーパーマンはふわりと浮き上がると、赤い残像を残して飛び去った。
ウェイン・マナーの木々が一斉に枝を揺らし、コナーの視界を赤や黄色の紅葉が埋め尽くす。
青く眩しい空に、コナーはもう少しだけ泣く事を自分に許した。


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