わたしを泣かせてください（３）

あちこち心配しなければいけない警部…不憫。。

「ああ、それは傷つくだろうねえ」
ジム・ゴードンはスタンド売りのコーヒーを啜りながら、苦く笑った。
ブランドン・エメットは痛む頭の傷を押さえながら、ゴードンからコーヒーを受け取った。走り去ったコナーに追いつけなかったのだ。大通りで見失い、途方に暮れているところを市警のゴードンに呼び止められた。
「えっと、警部？」
「ジムでいい。エメットはわたしの相棒だった」
「父ですか」
「コナーは君になんて言った？」
「……別に。俺は自分の弟だって。血はつながってないけど家族だと」
ゴードンは顎を撫でると、ゴッサムの薄曇の空を仰いだ。公園には平日の午後とあってまだ人は疎らだ。
「君はエメットの養子だ。君がコナーを忘れ、君が兄弟であることを否定するなら、コナーは一人ぼっちになってしまう」
ゴードンの言葉に、ブランドンは顔を歪め、そして頭を掻き回した。
「俺は、好きなんです」
「君はずっとコナーだけを見ていたよ。……たぶん、そういう意味で」
「でも兄弟なんでしょう？」
「コナーは気づいてなかったとしても、わたし達はみんな君の気持ちを知っていたよ。君は一途にコナーしか見ていなかった。児童福祉局が君をコナーに会わせたときから、君はコナーだけを求めていた。それがいつから恋愛になったかはわからないがね」
「それって、ゴッサム市警全部ってことじゃないですよね？」
ブランドンが長身を丸めて問うと、ゴードンは笑った。
「市警では君は重度のブラコンだと有名だ。”わたし達”というのはエメットと同期の警官仲間だよ。エメットは殉職し、君より年下の子たちは他家へ養子に行った。――警官の子供たちはみんな寂しさと闘っている。コナーも幼い頃から父親の不在と母親の病気と闘っていた。結局彼は二十歳にもならないうちに両親を亡くし、君だけを支えに生きてきた」
当時、エメットは熱心に養子を迎え入れており、実子のコナーを除く子はみな養子で、そして犯罪の被害者だった。ゴードンが驚くほど献身的に幼いコナーは弟妹たちの面倒をみていた。
「でも俺は何も覚えていない」
ずきずきと痛むのは頭の傷か、それともコナーを泣かせた心の痛みか。
「コナーは思い出してくれと言ったかい？」
コナーは。
ブランドンは病院で目覚めてからのコナーの言動を反芻したが、ただ胸が痛くなるだけだった。
病院で目覚めると、見知らぬ、だがきれいな男が手を握っていてくれて、ブランドンの両頬にキスをくれた。「よかった」という囁きと窓からの光を受けて、ヘイゼルに光る瞳から溢れた涙に、恋に落ちた。

「――でも、思い出してくれとは言わなかった」

目覚めたブランドンが「誰？」と問いかけたとき、確かに彼はひどいショックを受けて蒼白になった。
だが何も思い出せないブランドンに自分達は兄弟だと告げた以上は何も説明しなかった。忘れられたことに傷ついた目は隠せなかったが、昔を思い出させるようなことは何も口にしなかった。
「まあ、わたしとしては君に早く思い出しもらって職場復帰してほしいが、しかし思い出さずに再訓練を受けて復帰しても構わないよ。日常の様式は覚えているんだろう？」
ゴードンは人当たりの良い笑顔で突き放すと、屑籠にコーヒーカップを放り投げた。
「頼むからあのとき君をコナーに会わせなければ良かったとわたし達が後悔するような真似はしてくれるなよ」
笑ってない目で釘を刺し、ゴードンは市警本部へと戻っていった。