20080721
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最近、HUSHが友人宅にお泊りに行ってしまったのでなんか書く気が…(へたれ)
普通の話を書いてみたかった気もするのですが、こういうの、読んだ人が面白いかは不明です。
……うーん。面白いことはない、と思います。すみません。SBっぽいってなんだろう…(迷走)
普通の話を書いてみたかった気もするのですが、こういうの、読んだ人が面白いかは不明です。
……うーん。面白いことはない、と思います。すみません。SBっぽいってなんだろう…(迷走)
大学の講義というのは、ディスカッションが活発になされ、あるいは予習を怠った学生が冷や汗混じりに講師の追及から逃れようとする。だが彼はひたすら静かに群集に埋没しようとしているようで、逆に目を惹いた。
今日は一般にも開放された、大講義室だから、教授も一人ひとりを当てて質疑応答を深めようという努力はしない。淡々と、しかし演説は熱く、聴衆の集中に心から満足した教授のチョークが黒板を走る。
彼は教室の中ほどの、端の席、つまり出口に一番近い場所で、ノートを取ることもなく、息を潜めていた。
黒いニット帽に黒のタートルネックのセーター。季節柄おかしいわけでもなく、華美でもなく、あるいはストリート系の音楽をやっているようでもなく、極普通で、つまりは意識に残らない格好で、ただ横顔がギリシア彫刻の若神のように美しかった。すらりとした手足に長い睫毛、ちらりとこちらを見た瞳は深い青だった。
なんと印象的な。
彼は教壇に視線を戻し、そして再びこちらを見、ふいと顔を逸らした。
あまりに不躾に見たものだから、気を悪くしたのだろう。僕はいつもの猫背を一層丸くして、彼に身を寄せた。
「……ねえ、その本、少し見せてくれないかな?」
彼の手の下にある、やや背表紙の擦り切れた小さな本。犯罪心理学の講義には不似合いな、詩集。
彼はちらりと僕を見、僕は「今の時間だけでいいから」と得意の「すまなそうな悪意のない笑顔」を向けた。
「ありがとう」と滑るように差し出された本を受け取り、微笑む。彼は小さく頷くだけでまた講義に気を戻した。
――ワーズワースか。
随分読み込まれたのか、革はよく手に馴染む。ペーパーバックではなく、しっかりとした装丁だが、もしかしたら手作りなのかも知れない。どことなく優しさがあった。
The Rainbow comes and goes,
And lovely is the Rose,
The Moon doth with delight
ふと目に留まった単語たちに引き摺られるようにして読み進める。もっと小さな頃に、聞いたような気がする。
もっと小さな頃、まだスモールビルにいた頃、草いきれ、砂の味、高い空――。
Be now for ever taken from my sight,
蘇ったのは低い男性の、震える声。
Though nothing can bring back the hour Of splendour in the grass, of glory in the flower;
僕らにその詩は難しかった。それでもそこだけは。
――草原の輝き、花の栄え、戻らずとも嘆くなかれ、秘めたる力を見出したれば
その年、ぼくらより一つ年下の男の子が死んだ。牧師は震える声で詩を朗読し、母親は号泣していた。
ぼくらはただ、厳粛な空気に居た堪れず、早く終わることだけを願っていた。死なんて知らなかった。
死を知らず、ぼくらは生も知らなかった。
ふと気づくと講義は終わっており、彼もまた退席しようとしていた。
「あ、ごめん。返すよ」
とっさに彼の腕を掴むと彼はいや、と首を振った。
「それは、君の方が必要なようだからかまわない」
低く、心地よい声にうっとりしそうになる。彼の指が僕の頬に触れる寸前で止まり。
「ああ、いや、ごめん。草原の匂いを思い出してね、ちょっとしたホームシックみたいなものなんだ」
僕は涙を袖で拭った。
「いつか返してくれればいい」
彼はやんわりと僕の手を解いて逃れると、かすかな微笑を残して立ち去った。
手に馴染む革の装丁。内に刻まれた献呈はAPからBWへ。
――その二人を知るのはまだまだ数年先のことで、僕がそれを返し、再び贈られるのはもっとあとの話。
今日は一般にも開放された、大講義室だから、教授も一人ひとりを当てて質疑応答を深めようという努力はしない。淡々と、しかし演説は熱く、聴衆の集中に心から満足した教授のチョークが黒板を走る。
彼は教室の中ほどの、端の席、つまり出口に一番近い場所で、ノートを取ることもなく、息を潜めていた。
黒いニット帽に黒のタートルネックのセーター。季節柄おかしいわけでもなく、華美でもなく、あるいはストリート系の音楽をやっているようでもなく、極普通で、つまりは意識に残らない格好で、ただ横顔がギリシア彫刻の若神のように美しかった。すらりとした手足に長い睫毛、ちらりとこちらを見た瞳は深い青だった。
なんと印象的な。
彼は教壇に視線を戻し、そして再びこちらを見、ふいと顔を逸らした。
あまりに不躾に見たものだから、気を悪くしたのだろう。僕はいつもの猫背を一層丸くして、彼に身を寄せた。
「……ねえ、その本、少し見せてくれないかな?」
彼の手の下にある、やや背表紙の擦り切れた小さな本。犯罪心理学の講義には不似合いな、詩集。
彼はちらりと僕を見、僕は「今の時間だけでいいから」と得意の「すまなそうな悪意のない笑顔」を向けた。
「ありがとう」と滑るように差し出された本を受け取り、微笑む。彼は小さく頷くだけでまた講義に気を戻した。
――ワーズワースか。
随分読み込まれたのか、革はよく手に馴染む。ペーパーバックではなく、しっかりとした装丁だが、もしかしたら手作りなのかも知れない。どことなく優しさがあった。
The Rainbow comes and goes,
And lovely is the Rose,
The Moon doth with delight
ふと目に留まった単語たちに引き摺られるようにして読み進める。もっと小さな頃に、聞いたような気がする。
もっと小さな頃、まだスモールビルにいた頃、草いきれ、砂の味、高い空――。
Be now for ever taken from my sight,
蘇ったのは低い男性の、震える声。
Though nothing can bring back the hour Of splendour in the grass, of glory in the flower;
We will grieve not, rather find Strength in what remains behind;
僕らにその詩は難しかった。それでもそこだけは。
――草原の輝き、花の栄え、戻らずとも嘆くなかれ、秘めたる力を見出したれば
その年、ぼくらより一つ年下の男の子が死んだ。牧師は震える声で詩を朗読し、母親は号泣していた。
ぼくらはただ、厳粛な空気に居た堪れず、早く終わることだけを願っていた。死なんて知らなかった。
死を知らず、ぼくらは生も知らなかった。
ふと気づくと講義は終わっており、彼もまた退席しようとしていた。
「あ、ごめん。返すよ」
とっさに彼の腕を掴むと彼はいや、と首を振った。
「それは、君の方が必要なようだからかまわない」
低く、心地よい声にうっとりしそうになる。彼の指が僕の頬に触れる寸前で止まり。
「ああ、いや、ごめん。草原の匂いを思い出してね、ちょっとしたホームシックみたいなものなんだ」
僕は涙を袖で拭った。
「いつか返してくれればいい」
彼はやんわりと僕の手を解いて逃れると、かすかな微笑を残して立ち去った。
手に馴染む革の装丁。内に刻まれた献呈はAPからBWへ。
――その二人を知るのはまだまだ数年先のことで、僕がそれを返し、再び贈られるのはもっとあとの話。
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