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クラブルというよりは大富豪と新聞記者気紛れのままに。
大富豪の考えることは庶民には及びもつかぬ事なのだ。
自分のデスクにぽつんと座り、足をぶらぶらさせている青年を見つけて、クラーク・ケントは目を細めた。
乱れたふわふわの前髪はやや長く目にかかるほど。ネルのシャツは清潔だが毛羽立ち、ジーンズの膝は擦り切れそうだ。スニーカーは土埃で汚れて、おまけに結び方が一昔前に流行ったタイプだった。
従兄弟を頼って田舎から出てきました僕、という具合の説明で自分の席に通されたのだろうなと、クラークは周囲を睨んだ。この静けさは気づいていないのだろうな、本当に。
「ご機嫌よう、ミスタ・ウェイン」
クラークが青年に挨拶をすると、デイリープラネットの社主であるブルース・ウェインは髪をさらに掻き回して、子供っぽい顔で微笑んだ。
「やあケント君。当てたのは君が初めてだ。この編集部は敏腕揃いのはずなんだが」
それとも私がからかわれているのかい、とブルースの明るい声は響き渡り、編集部は軽く混乱の場と化した。失態をごまかそうとしたり、言い訳をしてみたりすり記者たちを振り切り、悪戯好きの社主は資料庫にクラークを押し込んだ。
「お忍びにしては手が込みすぎでは?」
「ああ、今日は君を誘いに来たんだ」
脚立に浅く掛けたブルースが長い足を優雅に組むと、一瞬で田舎臭さが抜け落ち、くしゃくしゃのシャツも気にならなくなる。クラークは称賛の吐息を漏らした。
彼は演技達者だ。仕草一つでイメージを完璧にコントロールしている。
「あなたは大統領か歴史に名を残す詐欺師に向いていると思いますよ」
「ふむ。後者ならやってみてもいいが、執事が首を括りかねないな」
面白そうに口元を緩めた大富豪に新聞記者は慌てた。
「あの素敵なランチが食べられなくなるなんてひどすぎます!」
「あははは。そうなんだ。君を選んだのはそのせいなんだ。今日一日付き合ってくれたら、ディナーに招待したっていいさ」
クラークは即答しようとする胃を抑え、理性で問い返した。
「今日は何のお誘いなんですか。特に付き合いがあるわけでもない一社員にどこへお供しろと?」
「サウスヒルC地区」
ブルースは再びだらしない若者面で答えたが、クラークは怪訝な顔をした。サウスヒルB地区はメトロポリスではない。メトロポリスから近いが、港を有する別の都市の貧民街だ。治安は夜のゴッサムに比べれば良いが、しかし広く顔を知られた著名人が訪れるような安全な場所ではない。
だが丈の長い袖口をもじもじと弄りながら、上目遣いに様子を窺われたら、クラークにいやとはいえなかった。
「今日の設定は実の親を探す田舎の青年とその義理の兄だ。物心つくまえに里子に出されて、分かっているのは母親が当時十七歳で名前はキャスリーン、サウスヒルC地区のどこかのアパートに住んでいたらしいということだけ」
「やけに細かい設定ですね。実在の人物を探してるんですか。それとも根掘り葉掘り聞ける設定を作って、地域の様子を探りたいんですか?」
「君はなかなか優秀な記者だな。ケント君」
にこりと笑って褒めるブルースに後者だと悟り、クラークは脳内のデータカードを高速で捲った。
「――…。あ~。サウスヒルC地区って再開発予定区域ですね。某検事とつながりが噂されるD社のプロジェクトだ」
「そしてウェイン産業にも声が掛かっている。だが先日のL社との提携失敗以来、わたしは慎重にしているんだ。D社の技術は欲しいが、業務提携をすれば責任も負うことになる。もうじき選挙もあるから、イメージは大事だ」
「なるほど。わかりました。お供いたします。……で、ディナーは本当に招待していただけるんで?」
クラークがウィンクすると、ブルースは声を立てて笑い、その場で執事に電話を掛けた。
「――そうだ。デイリープラネットの記者だよ。…うん?わかった。――良かったな、ケント君。夕食は八時。スズキと鴨で、きっちりフルコースにしてくれるそうだ」
「それはすごい。責任重大ですね。で、今日のあなたの偽名は何ですか?」
クラークは一層猫背になって悪戯を共有する空気に笑みを深くした。